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2025年 12月 31日
今年もありがとうございました
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今年もブログをご覧頂きまして、ありがとうございました。この1年は、私にとって良い年とは言い難くとても苦しい1年でした。年のはじめに亡くなった父のことだけで、あっという間に過ぎ去ってしまった感じです。父の喪失が及ぼした影響は想像以上のものでした。父と私の写真は、父と私自身の関係より、ずっと濃く深いものだったと気付かされもしました。それは私以外には誰にも絶対理解できない感覚で、誰とも共有できないものです。それと同時に父と子としての長年の苦しみから解放された気もしました。私の半世紀に及ぶ長い闘いは、父の死をもって静かに幕を閉じました。

特に7月から11月の5ヶ月間は精神的にも肉体的にもきついものがあって、体調の悪さから心が病むのか、心が病むから身体に来ているのか、もうさっぱりわからず、ニワトリが先か卵が先かみたいなものでした。と夫に話したら「それ卵が先なんですよ。ニワトリが先っていうのはあり得ないから」と真顔で言われました。この夫の独特さに時々イラつきながらも癒されている自分がいます。誰よりも私に寄り添い、私より私を理解していて、それでいて私に振り回されない強靭さとマイペースさを持ち合わせたこの人に。

50代に入って、自分のこれからの身の振り方をずっと考えているけれど、どれもしっくりこず、日々を過ごしてしまっています。もう若くはない。けれど、年老いてもいない。焦りがあるようなそうでもないような。身体の顕著な変化。体調によるものか加齢によるものかわからない気持ちの変化。あれほどやりたかったことに気持ちが向かない。大事だと思っていたことが本当にそうなのか、そう思い込んでいただけなのかわからない。50代から身軽生きる!みたいなキャッチフレーズを見るたびに、私が身軽に生きることは多分死ぬまでないだろうなと思ったりします。

幸せとは何か、自分の生きる意味は何か。私は割と幼い時からずっとそういったことを考え続け、答えの出ないことを考えてどうするのだといわれてきました。半ば呆れている人がほとんどだと思います。でも私は生きることにとても自覚的に生きてきました。そういう風にしか生きることができないのだから仕方ないです。鼻で笑う人がいるなら笑ってもらって全然構わない。そして今年ほど自分の人生について深く考えさせられたこともなかったかもしれません。物心がついた時からずっと自分の中で不確かであったことに、答えのようなヒントのようなものを置いて父は去っていったーそんな気もします。

予想もしなかったことの連続で、自分が壊れぬよう、自分でいるために必死だったこの1年でした。年の瀬になってやっと自分の置かれた状況を受け入れつつ、でも自分自身の人生を一番大切にしながら、これからも写真と共に、夫と共に私は生きていくのだと決意新たに新年は迎えたいと思います。

さようなら&ありがとう2025年。お手柔らかにお願いします2026年。それではみなさま良いお年を。また来年もよろしくお願いいたします。



by sudi.s | 2025-12-31 15:06 | SIGMA fp


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