2017年 11月 06日
誰もいない部屋
a0011962_20063674.jpg






世間を騒がした凄惨な事件は少なからず私の気持ちを揺さぶり、心の奥のほうにあったものに触れざるを得なかった。

TVをつけるたびにそのニュースばかりで、また詳細が明らかになるたび、耳を塞ぎたい気持ちになった。けれどもっと恐ろしいと感じたのは、その凄惨な内容よりも、それだけ死にたいを考える人が多い、そして自分の命を他人に委ねようとする人がいるということだった。

もっとも本当に死にたい人はひとりで黙って死ぬものだと思う。誰か一緒に死んでくださいということは、死にたいわけではない。苦しさから楽になりたい。苦しいことを誰かに共有してほしいというメッセージであって、能動的に死を選びたいわけではないのだろうと思う。

自殺は自分勝手だという人がいる。確かにその通りかもしれない。死ぬ時に誰かを想うことができたら死ぬことはできないと私は思う。自ら命を絶つことは、その人を想う人々に傷を一生残す行為であることは間違いない。だから自ら命を絶つことを選択できるということーつまりはそういう人達を思い浮かべることができないという不幸さを私は悲しく思う。死ぬほど辛い人生を不幸とは思わないけれど、最期に誰かひとりでも思い出すことができないということに深い悲しみを覚える。

誰かに死にたいと言われたら、私は止めることはできない。死んではいけないと説くこともできない。私ができるであろうことは、ただその人を抱きしめることだろうと思う。それ以外できることはない。




by sudi.s | 2017-11-06 20:11 | X-T1


<< FENCE      母の枕 >>