2017年 03月 01日
Light and Darkness
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自身もファイナリストとしてその場を経験しているアワードのプレゼンを聴きにいった。本来なら顔も出したくない場所なのだけれど(笑)、知り合いがファイナリストになったので出向いた。彼がいなければ、真面目に他人のプレゼンに耳を傾けることなどしなかったと思う。30分もじっと座っていられない私が、3時間飽きることなく、ちゃんと真面目に聴かせてもらった。

昨年より圧倒的に違ったことは、コンセプトがしっかりしている人が多かったこと。また場慣れしている人が多かったことだった。写真というよりは現代アート。それはこのアワードに限ったことではない。フランスでも感じたことで、この時代どうやら写真は現代アートになろうとしているようだ。個人的には寂しいことではあるけれど、こればかりは仕方ない。そして写真作品そのものよりコンセプトがモノをいうという印象だった。もっと言えば写真で表現する必要もない。作品よりコンセプトが強い人、また作品より作家の個性が立っている人もいた。作品:プレゼン=1:9の印象のこのアワードにおいて作家の個性は大切と思うけれど、作品より饒舌になっては意味がないと感じた。作品で語るべきことをすべて言葉で語りすぎていた人が少なからずいた。それにしてもやっぱり写真評論家という人種はあまり好きになれない。薄笑いを浮かべながら言われるその言葉に品もリスペクトも感じず、他人事ながら少し不愉快だった。まあ自ら魂を削って作品を作っていない評論家という人種に作家のことがわかるわけがないんだけれども。逆に若いアートディレクターなどの視点や意見のほうが面白かったし、作家に対しても真摯だった。

人が創るものは全て素晴らしいとは思わないし、やっぱりモノにはレベルがあると改めて感じるのだけれど、それでもなんというかプレゼンというものに違和感を覚える。アルルでとここを経験しただけで、私には向かない。たぶんもうそれほど認めてもらいたいという欲求がないからだとも思うけれど、私が自分の作品を見せる場所はこういう場所ではなく、写真展だと思うからだ。もちろんその写真展をやるためにギャラリーにキュレターにプレゼンするのだけれど、私は彼らに見向きもされなくても自力でやってみせるし、ずっとそうしてきた。写真展はどこでするかではない、どんなものをするかが大切だ。これって人生と同じことだ。私は私のやり方で。改めてそう思えたので、そういう意味でも参加してよかったと思う。プレゼンされた皆さんには心からの拍手を。本当にお疲れ様でした。

by sudi.s | 2017-03-01 11:15 | SIGMA DP3M


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