2016年 04月 18日
祈り
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東京は他人事のように時間が流れています。3.11のときにも強く感じたことですが、日常を送っていることに少しの罪悪感に似た痛みを覚え、しかし同時に何をどうしたらいいかもわからないと思って時間だけが流れています。とても違和感があります。

3.11のとき少しばかりの送金をしました。個人のろくな収入もない人間ができる額など知れたものです。そしてその後、赤十字社から嫌というほど催促するかのように義援金の案内が届きました。正直辟易する頻度です。そしてそれから義援金を振込むという行為に疑問を抱いています。それが正しく使われているのか、本当に困っている人に使われているのか私たちは知る由もありません。物資も本当に届くのだろうか、迷惑ではないのだろうかと考えます。SNSでも片や義援金や物資を送れといい、片や送っても当時者には届かないという。正直何が真実かよくわかりません。

それでも動く人は動くし、理屈ではなく動く人を私は心から素晴らしいなと思っています。利己的に他人に無関心に生きたくはないと思いつつも、私は自分が今置かれている状況にいっぱいいっぱいで、ゆとりがありません。熊本の知人の無事は確認し、必要であればできることはなんでもしたいと思っています。でもできることは多くはないとも思います。売名であれ偽善であれ、多くの支援できる人を素晴らしいと思うし、羨ましくも思います。

宗教家のようですが、今の私にできることは祈ることだけです。今後世の中はもっとひどい状態になると思います。天災に限らずです。多くのものも人も淘汰されていく感じがする。最後はなにもなくなるのかもしれないです。困難はより増え、それを避けることはできないと思います。でも人間はそんなに弱くはないです。そう信じています。信じる力があれば乗り越えられないものはないとも思っています。

by sudi.s | 2016-04-18 21:19 | SIGMA DP3M


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