2016年 03月 11日
あの日
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テレビもネットもSNSも震災に関することばかりだった。忘れるな忘れるなと叫ばれると違和感を覚える。

忘れたい、もう思い出したくもない被災者の方もいるのではないだろうか。家族も家も失い、それでも必死で前だけを見て生きるしかない人の気持ちはどうなんだろうか。

そんなことを思うのは私だけなのだろうか。冷たいのかな。

震災のあとも、どこもかしこも「頑張ろう日本」だった。たまたま食事をした店の箸袋の裏にまでそう書いてあってうんざりした。皆頑張っているし、被災地の人はもっと頑張っている。東京の人だって少なからず影響を受けて不安になりながらも働き生きている。頑張ろうって何だろうかと思った。

震災の日だけ特別に取り上げることも、24時間テレビの違和感に似たものを覚える。あれだけの天災と人災をそう忘れることはできないし、もし忘れているなら今日だけ思い出しても意味がない。

ディカプリオのステイトメントではないけれど、もう日常が日常ではないのだと思う。常にある日ではない。ということを私は少なくともこの日を機に強く思っている。なにひとつ当たり前などないということを頭でわかっていても、人間は時々こうやって思い知らされるのだなと思う。忘れてはならないのは震災そのものではなく、そういうことじゃないかなと思った。

by sudi.s | 2016-03-11 22:37 | SIGMA DP3M


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