2015年 11月 25日
window curtain
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DP3MとX-T1。

気分によって、または天候によってこの2台を行き来する。私にとってカメラは写ればなんでもいいというのは事実であり、また事実ではない。それでもどんなカメラで撮っても撮るのは私だ。切り取るのは私の眼だ。

だから時々言われる、カメラによってまたはカラーかモノクロかによってまるで別人のような写真ですねーというのは困惑する。事実、そうなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。けれどカメラによって写真が変わるなんて、付き合う男によって変わってしまう依存的な女のようで気に入らない。本人は気づいていないという部分も含めて。

ムラがあるとしたら、それは、それが私の実力だということでしかないと思う。道具のせいではない。写真を撮るという行為はカメラがなければ成立しない行為ではあるけれども、完全に道具に依存した行為とも言いがたい。もしそうなら誰が撮ってもきっと同じだ。そんなつまらないことはない。押せば写る。その誰でも同じ条件でスタートできて、違うゴールにいける。そのフェアさが好きだ。

だから大切なのは、何を見て、何を感じて、何を考えて生きているかということに尽きる。それは正しい考えなのかわからないけれど、今までそう思って疑ったことはない。もうしつこいくらい、ここでも書いているけれども。

by sudi.s | 2015-11-25 10:44 | SIGMA DP3M


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