2014年 10月 21日
トワイライト
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水戸まで。目的は鈴木安広展

何気なくつけていたテレビの画面に映し出されていたのは、ファスナーの形をした舟だった。瀬戸内海を切り開くように走るそれ。それが地球のジッパーを下ろすかのように見えた。衝撃的だった。久々の感覚。こういうショックは大歓迎だ。展覧会が水戸で行われているという。これはもう観に行かなくてはならない。

水戸。良くも悪くも時代から取り残されたような少しノスタルジックな街だった。なにもない静かな街にある「水戸芸術館」。美術館ほどの規模もない「現代美術ギャラリー」に展示された作品たち。スペースは広くはなかったけれど、そのスペースに入り切れないほどの熱量を感じる濃い展示だった。本当に満足。行ってよかった。

終始ニヤけながら拝見。思わず笑みがこぼれてしまうのだ。どうしても。笑いをこらえられない。一見くだらなく思えそうなことにこんなに一生懸命真剣に作品にしてしまえる才能。発想力の勝利。ヤラレタなあという感覚。コンセプトというものはありませんと学芸員(なのかな、そこにいたスタッフ)は仰っていたけど、そうかな?これほどコンセプトを感じるものはないけれど。世の中のコンセプチュアルアートの薄っぺらいコンセプトより、彼の頭の中そのものといったこの展示のほうがよほどコンセプチュアルだ。

子供のような純粋で柔らかい発想ーというのは簡単だろうけれど、すべての子供がこんな発想はないだろうと思う。またどこかに書かれていたように、常に作品材料を「探して」いる人とも思わない。いろんなことが気になって、疑問になってしまう人。それは大人とか子供とかいう問題ではなく性質だと思う。単純に無邪気でもできないことだし、また努力でできることでもない。そしてとても普通の感覚も持ち得た人だというのは作品から感じた。特別奇抜なことは何ひとつしてはいない。日常生活の中で彼が発見した面白いことを一度頭の中で正しく伝わる形に組み立て直して作品にしているという感じ・・だろうか。

こういう人がちゃんと正当に評価されなければいけないし、少なくても評価されてこのような展示ができているとすれば、とても嬉しい。派手さはない、このある意味地味とも言える作品たちに、驚きがあり、衝撃があり、人の心を揺さぶるものがあるというのは本当に素晴らしいことだと思う。もっと作品が見たい。ぜひ東京で。ぜひ世界で。自分だけが知っておくにはもったいない、そんな作品だった。

ひとつだけ不満をいえば、足の箸と手の石けんは商品化してミュージアムショップに置けばいいのになあと思った。見るだけなんてもったいない。使いたい。とても欲しい(笑)。

by sudi.s | 2014-10-21 18:51 | SIGMA DP2M


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