2013年 12月 12日
Self-portrait
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何も加工していなくても加工していると言われたり、セッティングも計算もしていなくても、そうしていると言われる。それに関してよくまわりの人に「そういうのって悔しいよね」と言われる。でも意外と全然悔しくない。そういうことは別に。悔しいと感じることはもっと他にあって、そこじゃない。むしろどうでもいい。自分がどう写真を撮っているかは、私が知っているからだ。それが全てだと思う。

私という人間に関しても同じだ。「そうじゃないけど」と思うことは多々ある。以前はいちいち反論した。闘った。それは間違っていると主張した。でもそれをすることに何の意味があるのだろうかという結論に達した。

写真も私自身も、そうじゃないです、本当はこうなんですといったところで、そう思う人は思うし、人の感じ方はコントロールできない。だから主張する意味は全くない。自分が知っていればいいとはそういうことだ。理解されなくても構わないとヤケクソになっているわけではない。自分を信じて、黙々と今やれることをひたすらやること。自分に正直に生きること。それだけ。

どう写真をしているか、どう生きているか、全て自分しか知らない。自分に正直に生きていても、欺いていても、それを自分は知っている。「お天道様は見ている」という言葉があるけれど、あれはお天道様じゃなくて、自分自身ということだろう。

by sudi.s | 2013-12-12 22:28 | SIGMA DP3M


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